-
職場のコミュニケーションにおいて、「親しみやすさ」と「馴れ馴れしさ」の境界線はどこにあるのでしょうか。
上司や先輩からすれば「可愛がっているつもり」の言動が、部下にとっては「尊重されていない」という無力感や、ある種の恐怖心につながることがあります。
今回は、ある物流拠点で働く20代の女性から届いた、一本の電話相談の事例をご紹介します。
-
-
「今日もまた、『〇〇ちゃん』って呼ばれてしまって……。正直、もう仕事に行くのが憂鬱で…」
電話口の向こうから聞こえてきたのは、今にも泣き出しそうな、か細く震える声でした。
相談者は、物流会社の営業所で事務職を務める20代女性。
彼女が勇気を振り絞って相談してくれたのは、同じ営業所の年上男性社員による彼女への「呼び方」についてでした。
電話を受けるカウンセラーは、まず彼女の呼吸が整うのを待ち、静かに語りかけました。
「よくお電話くださいましたね。ここでは誰にも気兼ねせず、思ったことをそのまま話して大丈夫ですよ」
その言葉に、彼女は堰を切ったように、これまで胸の内に溜め込んでいた苦しさを吐露し始めました。
-
-
彼女は入社以来、男性社員から常に「〇〇ちゃん」と呼ばれ続けていました。
最初は「まだ新人だし、親しみを込めてくれているのかな」と、ポジティブに捉えようと努めていました。
しかし、業務経験を重ね、責任ある仕事を任されるようになっても、男性社員の態度は変わりません。
「他の女性社員には、ちゃんと『〇〇さん』って呼ぶんです。私だけなんです、ちゃん付けなのは」
彼女が感じていたのは、単なる呼び方の好き嫌いではありませんでした。
周囲が大人のビジネスパーソンとして扱われている中で、自分だけが「女の子」「職場のマスコット」として扱われているような疎外感。
どれだけ真剣に仕事をしても、その成果ではなく「愛嬌」や「若さ」ばかりを消費されているような虚しさ。
彼女は職業人としての「尊厳」を、毎日のように少しずつ削り取られるように感じていたのです。
-
-
相談の中で彼女は、何度も自分を責める言葉を口にしました。
「私がもっと毅然としていればいいんでしょうか」
「『やめてください』って言えない私が弱いんでしょうか」
このような心の動きは、立場上弱さを感じやすい状況でよく起こります。
男性社員は社歴も長く、職場のムードメーカー的な存在。
もし「ちゃん付けはやめてください」と声を上げれば、
「あの子は愛想が悪い」「冗談が通じない」「自意識過剰だ」といったレッテルを貼られ、職場の空気を悪くしてしまうのではないか――。
そんな不安が、彼女の口を封じていました。
彼女は笑顔でやり過ごす仮面を被り続けましたが、心は限界を迎えていました。
「朝、玄関を出ようとすると、胃が痛くなるんです……。」
-
カウンセラーは、彼女の言葉を一つひとつ受け止め、こう伝えました。
「つらかったですね。あなたは決して弱くありません。よく一人で耐えてこられましたね。」
「ちゃん付け」そのものが直ちに違法となるわけではありません。
しかし、受け手が苦痛を感じ、尊厳が傷つけられているならば、それは見過ごしてよい問題ではありません。
そして話を深く聴いていくうちに、彼女が「怖い」と感じていた本当の理由は、単なる「呼び方」だけではないことが分かってきました。
次回、中編では、彼女が感じていた居心地の悪さの背景や、職場での配慮の大切さについて詳しく見ていきます。
-
エィチ・シーサービスでは
社外相談窓口の運営を通じ、今回のような「小さな違和感」が深刻な問題へ発展する前に、
早期に発見し、組織としての適切な対応につなげるサポートを行っています。
従業員が安心して働ける環境づくりのために、ぜひ私たちの社外相談窓口をご活用ください。
ご相談・お問合せはこちらから。